伝承・神話

島名の由来

平安時代、島はその形から弦島(つるしま)と呼ばれていました。やがて製塩業が盛んになり、塩を税として納めるようになると、塩の美しさが評判となり「弦島のいと白き塩、咲きはふ花の如し」と時の帝からも評され「塩咲島」と島名を改めました。

塩咲神話

『塩咲のなりたち』
「昔むかし、洋和臥身命(みかがみのみこと)という神がのどかな海辺に暮らしていました。ある日地震が起き、大津波が海辺に襲いかかりました。洋和臥身命は津波をその身で防がんと海に飛び込みました。おかげで人々は救われましたが、洋和臥身命は死にました。その亡骸は小さな小さな島となりました。これが塩咲島のいわれです。
人々は彼を海鏡大神(みかがみのおおかみ)と讃え、島に立派な社を建てました。これが島で一番大きな神社、海鏡神社です。」 (塩咲市教育委員会発行「塩咲郷土史」より)

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